こんにちは

心理カウンセラーの よしだひさこ です。

 

暦の上では秋ですが、
まだまだ暑い日が続いていますね
(個人的にはそろそろ暑いのには飽きました)。

 

みなさんもどうかお身体ご自愛くださいませ。

 

さて、今回は私が過去に実際に経験した母親と私との
近すぎる距離感から感じる生きづらさから

乗り越えたあとの変化した
今の関係についてお伝えします。

 

こちらをよりよい親子関係を築くヒントにしていただければ幸いです。

  1. 「お互いにとっていちばんの話し相手」だった頃
  2. 「私 ≠ 母親」への気づき そして「同志」へ
  3.  私の人生を生きることの大切さ

「お互いにとっていちばんの話し相手」だった頃

私は両親と自分の3人家族。

いわゆる「ひとりっ子」として
私は大事に大事に育てられてきました。

父親はサラリーマン。

母親は専業主婦で共に実家は遠く、
祖父母や親戚も近くにほとんどいない環境でした。

 

つまり私も母親も

「お互いにとっていちばんの話し相手

という存在でした。

 

母親もまた頼れる両親や親戚も身近にいないものだから、
どうしたって互いにくっついているしかなかったのです。

いつも一緒にいるからこそ、

私の物事のすべての
判断基準は無意識のうちに母親
になっていったのです。

 

母親ならこういうものを選ぶだろう
母親が嫌がる選択をしないようにしよう
母親と同じものを好きになろう

といった具合に・・・・・

 

それと同時に、私は一人娘であることから
両親の期待も一身に背負うようになっていました。

 

期待・・・・・

シンプルに表現すると、
いわゆる「いい子」に育ってほしいという願いのことなのですが、
大人になった今の私だから感じるのは

心の優しい子に育ってほしい
健康な身体に育ってほしい
周りの人たちと仲良くして、誰にでも愛される子であってほしい
人並み以上にお勉強ができる子になってほしい

など
一見よくあることのように感じると思いますが、
これらの想いに共通するのは

両親がこれまでの人生で苦労したことや、
こんな人になりたかった(けどなれなかった)と思っている理想の人物像を
たった一人しかいない娘の私にすべて当てはめたのだろうと思います。

幼い子どもって、
自分を愛してくれる両親(いつもそばにいる母親は特別)のことが大好きだし、
純粋に両親の笑顔を見たいからその期待に応えたくて、
自分なりにがんばろうとしたのだろうなぁと思います。

 

そんな環境の中で成長するにしたがって私は、

「母親ができること」は
母親と同じくらいかそれ以上のレベルでできないといけない
という「ルール」を自分に課してしまうようになったのです。

 

それがとくに顕著に浮き彫りになったのが

「料理」

でした。

 

母親は料理が得意で
レパートリーも豊富で手際もよく、いつも完璧。
そして味付けも最高!

 

それを目の当たりにして育った私は

「母親のようにはできない」

って思っちゃったんです。

 

それでも子供の頃になんとかやってみようとしたけど

「ああじゃない」
「こうじゃない」
「なんでこんなこともできないの?」

と言われるうちに

「やっぱり私には無理」

と判断し、

それ以来実家を出るまで
ほとんど料理することを遠ざけていました。

 

母親としては私に自分の大好きな料理を同じように好きになって
一緒に楽しみたいからこそ
「期待」してくれていたのだろうと思いますが、

私にとって
それこそが自分自身を縛るプレッシャーでした。

「私 ≠ 母親」への気づき そして「同志」へ

さて、

両親からの期待を背負い続ける生き方をしていた私が、
幼い頃からずっとそばにいた
母親からの期待やプレッシャーを手放して変われたかというと

「母親を自分の判断基準にするのをやめた」から
です。

 

前述の
「母親ができること」とは

母親と同じくらいかそれ以上のレベルでできないといけないと
私が勝手に解釈した「ルール」のこと。

母親にとって得意なことは私にとっても得意とは限らないにもかかわらず、
その「ルール」に則って
私は自分自身をがんじがらめにしていました。

自分で決めたこととはいえ、
そのルールは母親の得意分野に合わせた内容だし、
私の身の丈に合わないことだからすごくしんどいんです。
小さな箱にぎゅーっと無理やり自分で自分を押し込めるような感覚。

両親から「期待」されているというプレッシャーを感じていたものの、
母親と同じようにできないといけないとお願いされてもいないし、
指示されたことでもないのに。

 

それだけ私は母親のことを大好きで
ステキな主婦像に憧れていたということでもあるのだけれど、

昔の私は母親との距離が近すぎて、

「私」と「母親」の境界線がわからなくなっていた
のだと思います。

 

母と娘の本来の関係性って、

「私 = 母親」
ではなく

「私 ≠ 母親」
だから。

 

つまり私と母親を磁石に例えると、
そのふたつの磁石のくっつくチカラは相当強力なもの。

くっつきすぎだとお互いのことも見えなくなってしまうし、
離れるのも容易ではなく

どちらかが固い意志を持って離れないと
この状況は変わらない。

その磁石のような近すぎる距離感は
大人になった私にとって年を重ねるとともに、
とても重々しいものへと変化していったのです。

 

私はもう社会人として自立した大人であるにもかかわらず、
いまだに母親の影をいつも感じながら生きているってなんか違うなぁって
徐々に気づいていったんです。

私が母親との距離が近すぎることによる違和感に気づけてからは

母親が私に
「こうしたほうがいい」などの
何らかのアドバイスをくれたとしても、

「ありがとう。でもね、私は○○をやってみたいの」
「私はこっちがいい」

と言って、

少しずつ

「私 ≠ 母親」という、
少し離れた距離で向き合うようになっていったのです。

 

それができるようになると、
おのずと「期待」からのプレッシャーからも
解放されていきました。

最初のうちは母親もかなり戸惑っていたものの、
徐々にその距離感を受け入れてくれるようになりました。

 

そして今では「一人の大人の女性」として
お互いに対等な関係性でリスペクトし合えるようになりました。

「母娘」 というよりも 「同志」みたいな感じ。

 

今では
困ったときには母親から人生の、
そして主婦の先輩として相談やアドバイスを受けています。

勿論、「料理」についての悩みも!

私も逆に「この調味料おススメだよ」とか、
「今はこの野菜安いよねー」

とか言って情報交換しています。

私の人生を生きることの大切さ

私とうちの母親の例にもある、
幼い頃から磁石のように生きてきた

「母親」と「私」

の近すぎる距離感だったり向き合い方に悩んでいる方や、

なんとなく違和感を持っている
女性の方って多いのではないでしょうか。

 

その違和感を持ち続けるってとてもしんどいし、
生きづらさを感じる原因のひとつになります。

 

裏を返せば

そういう女性の方って
とても親想いで心の優しい人なのだろうと思います。

 

昔いつもそばにいてくれた母親って、

幼かった頃は「生きていく上での手本」
だったかもしれません。

しかし今は、あなたも一人の大人として
社会で一生懸命に生きています。

 

あなたはもう母親を背負って生きなくていいのです。

 

そのお手本でいてくれた母親に
先ず感謝の気持ちを持って接しながらも、

そっと

本来の定位置に戻ってもらう意識で向き合うだけでいい。

そうなりたいと本気で願うだけでも
見える世界はだいぶ変わってきます。

 

人生って一度きりだし
母親をいつも背負って生きるよりも

私の人生を生きるためにもその生き方、
卒業してみませんか。

 

その先にはきっと、
今までに出会えなかったワクワクが待っているかもしれないから。

 

これからは
私らしくHappyに生きている姿を両親に見せてあげること。

それこそがきっとあなたからの
最高で最大の親孝行になるはずです。

その時点であなたの人生は
もう100点満点です!

 

 

私はいつも、
人生を思いきり楽しみたいと願う
そんなあなたを心から応援しています。