慌ただしい今だからこそ 心のゆとりに意識を向ける
こんにちは
心理カウンセラーの よしだひさこ です。
今年に入ってから
北海道へ2度(!!!)旅行してきました。
札幌で年越ししたときも
雪であまりあちこち回れなかったのですが、
翌週の
雪の多い地域へ行ったときには
初めての体験がたくさんありました。
部屋の薪ストーブを使ってみたり
エゾリスに遭遇したり、
帰りには
移動中に猛吹雪でホワイトアウト(雪による視界不良)も体験しました。
車の運転を得意とする夫もさすがに
雪だらけの景色と道の状態を怖がっていました。
とはいえ
どちらの滞在も
おいしい食事と
心地よいサウナや温泉を充分に堪能でき、
私も夫も大満足でした。
さて、
今回は心のゆとりについてのブログです。
年が明けたばかりなのに、
世の中はなんとなく気ぜわしい。
その流れに惑わされることなく
心にゆとりを持つと、
目の前の視野がグッと広がりますので
ぜひ取り組んでみてほしいなぁと思います。
どうぞ最後までお読みくださいね。
Contents
結婚前なのに、必要最低限の会話しかできなかった私たち
うちの夫、今でこそ
「有給休暇は労働者の権利なんだ!
目一杯取得して
プライベートの時間を充実させることこそが大事だ!」
って言って私と旅行したり、
自分の趣味の時間を過ごすことを
とても大切にしています。
しかし、
数年前までの
仕事ばっかりしているような
いわゆるハードワーカーだった時代の夫を振り返ると
仕事以外のことを考えたり楽しんだりする
余裕がない人だったなぁと思います。
「余裕がない」のも正解だと思いますが、
自らの意思で
「仕事以外のことを考えないよう、
余計なことを排除していた」
のほうが近いかな。
とくに、私と一緒に住み始めてからの日々は、
夫がプライベートで考えていることはだいたい
「いつスポーツジムに行って筋トレできるか」
とか
「いつ日焼けサロンに行くか」
がメイン。
私と休日が重なっても
私との時間よりも自分のやりたいことが最優先。
あとは休みの日にしかできないような
(私が仕事でいない日は)洗濯や掃除と、
洗車などのいわゆる通常のタスクを
どうクリアしていくかだったんじゃないかと思います。
(どんなに忙しくても
家事を手伝ってくれようとしていたことは
感謝すべきことではありますがね)
当時、
私と家で一緒に過ごしていても
家での会話はほとんどなく、
口を開けば業務連絡とか必要最低限のことばかり。
「最近こんなことがあって~」
とか
「ニュースで取り上げていた○○の件ってさ~」
みたいな、
いわゆる他愛もない
日常会話をすることがなかったんですよね。
夫は自分からベラベラ話すタイプではなく、
必要なことすらも話さないくらいの寡黙な印象でした。
勿論、
互いに不用意な発言をすると、
今よりもお互いの理解が不足していたから
うっかりケンカしちゃう可能性もありましたし。
今考えると、
結婚前の同居期間なのに、
不仲のカップルみたいな過ごし方だった
かもしれませんね・・・。
どんなに頭の良いうちの夫でも、
私とどうやって心地よい暮らしをしようかとか
どんなことをして、
私と一緒に楽しい時間を過ごそうかなど、
必要最低限以上のプライベートについて
考えるゆとりをつくれないくらいに
仕事熱心で必死だったんだと思います。
それだけ頭の中は仕事のことばかりで、
休みでも気が休まらないほどだったんでしょう。
当時の夫は表情もほとんどなくて、
仏頂面というか・・・
いつも怒っているように見えました。
その頃、
夫が寝言で
「こんなのダメに決まってんだろう!!!
やり直しだ!」
「おい、ふざけんなよ!
お前はこれでいいと思ってんのか???」
などなど・・・
(こちらでは書けないくらいの
激しい内容もありますが)
仕事に関する暴言を発してばかりだったのも
納得です。
今の夫の日常を見ていれば、
以前の夫の生き方は
自分の気持ちや感覚を無視し続け、
相当無理して負荷をかけて
仕事に取り組んでいたのであろうということは
言葉にしなくてもよくわかります。
今では考えられないくらいに
表情も豊かになって別人みたいだし、
私と同じくらいか、
むしろそれ以上に熱くなって、
夜中までひたすら
何かを話していることもよくありますしね。
恐らく
今の夫の生き方こそが本来の夫の姿
なのだろうと思います。
自らを多忙に追い込むことで問題点から目を逸らす私
ほかにも
意外といると思いますが
(以前の私も持っていた要素です)
自分を過小評価しがちなタイプで
予定を詰めこんで
いつも余裕がない人。
私の場合は
お誘いされるから断れないんじゃなくて、
ヒマがあったら
自分から誰かを誘ったりして予定をつくって
スケジュールのスキマを埋めていました。
なんとなく
自分で自分のことが見えなくて
日々の予定に振り回されていた感覚です。
忙しさを免罪符にして、
私は母親から頻繁に言われ続けた
「料理」や「部屋の片づけ」をしなさい
(心の声:めんどくさいし、やりたくないなぁ)
や、
自分自身の願いであるはずの
彼氏をつくって幸せになりたい
(心の声:
でも、こんな私がモテるわけないから無理!こわい!)
など・・・
向き合いたくない現実から逃げる口実
にしていました。
(いまだに耳が痛くなるような言葉ですが・・・)
現実としっかり向き合わないと
本当の意味での幸せには近づけないにもかかわらず、
私は
自分が望むような
幸せから遠ざかるような行動ばかりを
とっていました。
今の私が当時の自分に声をかけるなら
「幸せになるためには先ず、
もっと自分自身のことを
大切にしてほしいなぁ」
って伝えます。
ゆとりを持つことは「人を大切にする」ってこと
唐突ですが・・・
自分が乗車率250%くらいの
(身動きの取れない)
超満員電車の乗客だと想像してみてください。
電車に
乗り切れないほどの乗客が押し寄せてきたら、
苦しいし、ゆとりなくて不快だなぁ、
しんどいなぁくらいは感じるとは思います。
しかし、
周りの乗客の状態
(表情や、体調不良などの不測の事態など)までは
いちいち見てもいられないから、
できるだけそういう情報は遮断すると思います。
一方、
自分が乗車率80~90%くらいの電車
(空席があるくらい)の
乗客だったとして・・・
それなら
人と人との間隔も適度にとれますし、
安心して乗車するゆとりも生まれて、
何より自分自身の
気分が安定するんじゃないかなぁと思うんです。
今回は、電車という例えを用いましたが
精神的なゆとりを持つと
視野が広がるし
周りの人たちのことも、自分自身のことも
理解しやすくなります。
それが本当の意味での
「人を大切にする」
ってことだと私は考えます。
それは勿論
自分のことも
周りの人のことも、です。
やっぱり
「忙しいとき」って、
なんとなく目の前のことばかりに必死で
無意識に周囲からの情報を遮断し、
周囲や、遠くを見ている余裕もない感じがしませんか。
当然、誰かを慮るなんて
もってのほか。
しかし、
少しでも周囲や遠くを見る余裕を持つと
情報が入って来やすく、視野が広がるので
見える景色、変わってきますよね。
景色が変わってくると、
そこで感じる気持ちや受けとるものが
おのずと変わってくるので
自然と
身のまわりで起きるすべてが変化してきます。
心にゆとりを持つと、
自分自身とも周りの人とも
しっかりと向き合えるようになるので
様々な場面での
コミュニケーションの質も上がります。
自分自身のことであれば
「今の私は疲れているから、少しゆっくりしたいなぁ」
「私、こんなことをやってみたいな」
「今はまだごはんいらないや。おなかすいていないし」
「今日はこれ食べたいなぁ」
とか、
自分の内なる声にアクセスしやすくなるんですよ。
これもまた、
「(自分という)人を大切にする」
ということに繋がりますから。
他者に対しても同じで
「この人、今日は疲れているみたいだなぁ」
「あの人、今忙しそうだからあとで話しかけよう」
「そうか!確かにこういう考え方もあるよね」
「そういえばあの人、昨日私に優しくしてくれたなぁ」
他者に対してこのような見方をできるようになると
自分本位のコミュニケーションから
相手を尊重するコミュニケーション
に自然と変化してきます。
今の私と夫のように。
自分自身の幸せは、ふたりで生きていく幸せ
私も夫も
上記で紹介した
エピソードの時代を生きてきたときに比べて
先ず自分を幸せにすることを
最優先にするようになったんですよね。
自分自身の幸せとは・・・
つまり
自分を大切にする
っていうことです。
以前の私も夫も
いつでも忙しくするあまりに
自分の体調や気持ちは置き去り。
見たくない、取り組みたくない面倒なこととは
距離を置いてひたすら逃げまくる生き方でした。
これでは
自分の本音と
行動が結びついていない状態で生きているから
何らかの成果が生まれたとしても
本気で喜べないし、楽しくないんです。
そもそも気持ちを感じる余裕もないですしね。
だからひたすら走り続ける。
この繰り返し。
それでは毎日がつまらないですよね。
私は自分の心と向き合う心理学と出会って
少しずつ
余裕のない自分を手放すようになってはいましたが、
実は、
夫が仕事に熱心に取り組んでいるのを見て、
また余裕のない
詰めこみ型の生き方に戻りかけたんです。
でも、私も結婚して
このままの生活を続けていては
幸せになれないと気づき、
近場で日数を減らして
仕事をすることを決めました。
時を同じくして、夫も職場環境の変化があり、
働き方改革を余儀なくされました。
これといって
互いに相談したわけではなかったのですが
私も夫もほぼ同時期から
自分の幸せについて
本気で向き合うようになったんですよね。
自分の幸せを追求すると同時に、
自分だけではなく、
そのうち自然と
「夫婦ふたりで平和で幸せに生きていくために
必要な程度の働き方や生活スタイル」
も意識するようになりました。
この生き方をするようになってからは
背負い続けた
余計な荷物を手放せるようになったので、
だいぶラクになりました。
なんでも詰めこんで、
視界不良の余裕のない自分から
その荷物をひとつひとつ手放していくと
心の底から願っている
「自分にとっての本当の幸せ」へと
グッと近づけるようになります。
「自分の場合はどうだろう」
「心のゆとり、あるかなぁ」
「今よりもっと
幸せを感じられるようになりたいなぁ」
このブログを読んで、
こんなふうに感じられた方は
先ずは
詰めこみすぎた慌ただしさや重い荷物を手放して
「ゆとりを持つ」ことを意識してみてください。
意識を向けることがはじめの一歩。
少しずつでいいので、ぜひやってみましょう。
最後に、
先ほど、サラッと触れましたが
私が自分自身の幸せを追求する
きっかけとなった心理学。
「心理学」なんて
小難しい理論や
テクニックを押し付けてきそうな印象を
お持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、
結構カジュアルに
それぞれのクライアントさんにあった
ペースやスタイルで
ご自身では気づくことのできなかった視点から
「より幸せに生きるヒント」を提供するのが
心理カウンセリングのよいところです。
こういった
新しいエッセンスを効果的にご自身に取り込むのに
「心理カウンセリング」
を使ってみるのもよいと思います。
ご自身の生き方を変化させていく切り札として
私が心理カウンセラーとして発信している
こちらのブログも
参考にしてみてくださいね。
誰だって、
初めて挑戦することって勇気のいることです。
勇気を出して踏み出すあなたのその挑戦を
私はそっと見守りながら、
精一杯応援していきますね。